私家版マスメディア〜logo26のシニアの生き方/老婆の念仏

何が出てくるやら、柳は風にお任せ日誌、偶然必然探求エッセイ

枇杷の花とともに 2011年 怪奇の年なり

2011年
老母、意識混濁を脱する3月
枇杷の花の巻

         

「兎も角も兎年」

あらたまの年はしらくも風に乗りめじろせきれい舞ふ無重力

兎も角も明けたる年の空のみはどこかほがらに鳥さえ歌ふ

堪へかねてつひに落ちたる悲しみの結晶のごと雪は白かり
   


「ラビリンスクイズ

北へ行き風邪ひきになりゴミの日と勘違ひして儲けたる今朝

ラビリンスクイズ好みし昔われ浮き世迷路に小みかん食す
 
当然の結果と言ふべしくねくねともがき来(こ)し今 烏賊(いか)料理でも

うんうんと頷いて読む寒の句ら逃げも隠れも出来ぬ日々

生き御霊(いきみたま)美(は)しき記憶に紫の母をやがては吾(あ)も偲ぶらむ
==母と別れることになる

この葉こそ暑き寒きも常緑に偶(たま)さかの斑(ふ)の白く輝く==桜蘭らし??




「ネガティブポジティプ」

曇りのちふと空晴れて眩しさを仰ぐ間もなし風と雪来る

いくつかの節目のあともぱつとせぬそのくり返しなれどポジティブ

何もなきベランダも佳し木と泥と時々花のさらば混沌

冬空になどかすじ雲長きさま見上ぐるに蚊の如く飛ぶもの ==飛蚊症

若きらのつむり傾け眠る機の揺るるがままに黒き濃き髪




「みんなガンバレ」

あちこちに押しやられてはまごつけど一つ確かに真理のこの身

それぞれに負けるなと言ふ母と夫弟と息らその妻子らに

その日のみ結婚の日がダントツの幸せだったそれもなほ吉

闇覗きつつに対峙す引っ越しの無秩序夫に試さるる日々

次々に波頭厳しく迫り来て左右に凌ぐ孤身のジャンプ




「自然の癒し」

弥生へと向かふ末日枯枝のパールづくめに祝ひの微光

カラカラに耐えたる二月末日の深夜かそけき慈雨に満たさる

うた心思ふ暇なく如月の冷気を吸えば春の香もする




ゆきやなぎ

針先で突つきたる白 刻々と雪の花こそ春の蕾ら

忘れ雪過ぎし朝(あした)の枝元に目覚めたるかに雪柳の眼

かにかくに陽は落ちつつに眼裏(まなうら)のオレンジの色温し静けき




「憂慮ばかり」

悲しみの明日の蕾ふるえつつ吾(あ)を待つ知らせ咲かず散りてよ ==踏んだり蹴ったり

千年の震災をなほ生き延びし人等をやがて待つ死はいかに ==引越の日の東日本大震災

別れむと幼なの肌に寄り添へば友情の香の開く心や ==一歳の孫

一つずつ作りし荷物ひとつまたひとつほどきていかなる日常




「千年の災ひ」

約束の地とぞ思ひて着きし日に地と海と火と凄まじきまで

千年の災ひなれどたやすくも消ゆる命か母なる地球に

被災者の言葉の健気聞くだにも知らず知らずに涙流れ来

カキ菜とふ天ぷらうまかろカキフライの美味なることは承知してるが

___

シャガとともに 2011年を転がる

子どものように母は「来てね」と
シャガの巻

            

「大移動を果たして」

電話力知力体力積年の我慢力生く大移動かな

黄ばみたる手紙に母の心配を読むけふもまだ不孝の止まず

歌ふには事実の無惨 音の数三十一の美し気なる

ありさうで突拍子もなき生温き夢の世界へ昼寝などして

良き過去にあらざりて さて落武者のよろける幅も無き道を見る




「初めてまみえる景色」

人工の放射能吹く風の地に移りし決意ガチンコ運命

山稜の見えぬ眺めに棲み着くと小さき竜巻数秒を舞ふ

渺々と平らなる地に北を指す山の端なくて迷子の暮らし ==どこまでも平野

町並みは廃屋またはニューホーム小佝痩身路地に老人

雲の壁つなみかと見ゆ 頭上にはザトウ鯨ののしかかるかに

死にし子の空はいかにぞ冥かりし玻璃戸危ふきカラっ風に遭ふ



「庭の爽やか」

引っ越しの残せる痛みかばひつつ野原横切りたんぽぽ元気

鉢のまま運ばれて春 露草の瞳の色は他に無き深さ

イクメンの子の押すバギー ライフまでローズ匂へる生垣沿ひに

越してきたカンナ露草あをあをとさらなる日々へ作る思ひ出

すずかぜに白き山吹 ゴーヤ苗の細きらせんを巻き付けやりぬ

水面澄む早稲の水田いつよりか房総の地に人の住み初む

風荒るる枯れ野なりしに水張田の整然として空をも揺らす




「我が家と呼ぶ」

自らを愛することがどうしても人のスタート逆説なれど

ふと浮かれ新所帯めき購へる家具鮮らけく余生なるかな

老年の小さき喜びイエローの書斎と名付けモンステラを置く

ひよつとして夢を叶へし我なるかガラスの部屋モンステラある

穏やかに明けたるけふもやがて風びうぶう唸るガラスの家に

風の凪ぐ午後三時すぎ音も絶えただ陽の白き長閑の世へと



「悪あがき」

 今で言うアラフォーの頃、夫に若い女と浮気され、女(あざみという毒々しい名であったが)がいよいようちに夫を連れ出しにまで来た。
 そして自分が若いことを盾に、悪アザキやめたら、と私に言う。
 私は真面目に悪あがき、と訂正した。あざみも悪あがき、と訂正した。
 しかしまた間違う。また訂正する、それをくり返すあざみ。
 包丁を手にしての話である。

 ともかく悪行尽きて夫はお払い箱となり、死病にもとり憑かれ、平屋で古くて安くて都市ガスでネット接続を条件の貸家へ引っ越すはめになった。勿論ほぼ田舎である。

 まあしばらくは罵り合いつつこの世にいるのだろう。十年だろうか。
 けっこう焦ってくる。絶望してくる。諦めるほか無い。
 何かができる、社会の中で何者かであり得る、専門家になる、何かを後世に残す、夢の夢がパチンとはじける。すがるよすがもないのだ。

 しかし、ここ十年勝手に短歌めいたものを作っていたので、せめてこんな凝縮活動を試すことにした。

「短歌とふ一首の独立こそ独自 凝縮されたるため息の花」
「小説を書くは退屈 詩はどこか放恣 句作は覚悟の薄し」
「せめてこの恨み節ならお得意と なけなしの利休鼠の雨の日々」
「口をつき言葉になれど眼はかすみとことん突き刺す焦点見えぬ」

ーー問題はしかし我の情けない人格にある。
「間違いはあの分岐点 しかしあのままでも堕落俗物の坂」
「世を外れ何も要請されぬまま望みも意気も閂の文字」
「どう言えば申し開きがたつものか神のみ前に怠惰の理由」
「成し遂げしなく 役割も果たさずに 役にも立たず放浪もせず」

ーー死を切実に感じる。次の瞬間が今際のときであるかもしれないのだ。
「この歌が最期の思惟であらばあれ 歩みの果ての愚言述べたり」
「もし明日に死の待つとせばこの今を惜しむも愚にて無念の遅さ」

ーー通りを歩くと、あちこちに後期高齢者の方々が独り住まいらしいのを多く見かける。
「どうだらふ老婆あれこれ見つつ行く終の姿の品定めして」

ーーにもかかわらずふと、この夏一番の朝顔の花に出逢うと、同じ生物の美の喜びを感じる。その能力にはまだ衰えはないようだ。
「朝一番 赤紫の朝顔の初姿見し バスの窓より」

 このバスにもお年寄りのみが乗っている。
 仕方ない、年貢の収め時とはなるのだ。

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かきどおしとともに 2011年情けないまま

白い小さな頭を撫でる、母の頭を
かきどおしの巻
            
           

「相克の分析」

天に地に彼を気遣ふ人あるに哀しみの根や母者を恨む ==彼のねっこ

苦のあらば生の手触り赤々と難に出逢へば覇気もて罵倒す

この重き病ひ悲しむむしろ苦を求むとばかり五十年を経つ

たれに言ふみな老ひゆけばかの秘密投げて捨つるか墓所もなき身は

キリストの求めしイバラたれゆえに苦悩あまりて神は立ちいづ




「回避行動」

見渡せど閉ざさるるのみ夫連れて袋小路に明日はあらねど

夜も果てて家族の縁(えにし)かりそめに結びしものを哀れ愛しむ

愚かさを憎む夫なりひたぶるに怒りき妻の謝らざる時

どうなさる薬も医師も自殺さへ逃亡も無理ただ核の雨

襤褸被く(ぼろかづく)夫を護るにしくは無き微動だにせぬ我は鋼鉄




「原因と心理と結果」

たまたまの脳の接続 女(をみな)へと生の全てを預けて愚か

何故ならば自分を追ひ詰め武士(もののふ)の捨て身を試す死の切っ先に

母よ母汝が子を護れ癒すべき天(あめ)の力は夢にすぎねど

母恋ふる幼なの情の癒えざりて深く潜める脳の歪みに

これまでと叩き付けらるその先に脳は意外の出口を示す

道無きと見えしところに思はざる綱は投げらるそれを掴めと




「結果の反転」

道尽きて遍(あまね)きおのれ悟り得て堂々迎ふる越境の刻

自を去るはまもなくなれど太極に迎えらるらむ 静かに語りぬ

懊悩の果てに得たりし超越もたちまち墮するだだっ子の性

悟りにも癒されまじとかく深き自虐の仕組み哀れその脳

不幸をば言い訳とすや他人の非を言い募ること普通とは言へ




「はるばると来たぬかるみ」

正しさを言ひ募り他を貶むる言を三十年馬耳なる耳に

言い募る汝が言聞きてそを捨つる極意三十年毒舌何ぞ

真のところ測りかねてきしその気質幾年ともに不幸の日々を

わが欲と汝が慾かつて重なりしことありしに世に届かざる

叶ひたる夢もあれどと叶はざる夢をなほ追ふ吾ぞ愚かしき

我が欲は愚かしきほど限りなく汝が慾は小どこか卑怯




「力関係」

父の死は母の望みのせいなりと言ふ意味も吾を軽んじたきゆえ

隷属を悲しきまでに堪えたると二人ともにぞ思ひいるかも

なにゆえのこの隷属の悲しきに段ボール箱を蹴るこれでもか

おっととは妻に命令する者か上下の発生体力の差のみ

隷属に甘んじ悪口に動じぬを強さと誇る正しきやわれ

激やせの夫の診断震災のPTSDまあそれもあり




「せめて自愛」

悩ませぬ日とてなき夫物わかりよく優しくば自由も恋はじ

負けん気か負けて諭すか「自由など遊び暮らして夢と消ゆるを」

自由無き介護の日々が課せられし定めにて我が救はれいるや

すでに吾も病持つらむ 痩せし背に夫の若き日戻り来る今

複雑に絡まる世界のなりたちに違はずすべて無明なるらし

さにあれど楽しき思ひ出ひとつほどあるか いくつかあるにはあれど

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セージとともに 2011年混迷深し

明日また往こう、母と話に
セージの巻

       

「せめてみじか歌」

そこここに街に影行く一人居の日々のたつきの古き編みかご

憧るる自由の朝は来るや来ぬ 淋しかるとも生命は光らむ

格言にあらず詩となれ どこかふと言の葉の露やや燐めくと

これの語に意味はた価値も輝きも無きと知る身の草引き屈む

何を得し珠のひとり子生れたれど花咲かむとし散らせしもある

幾月も供花の歌なく水無月の命日くるを知るや明眸




「命あふれて」

南瓜の緑と黄に覆はれて次が待たるる隣人の畠

梅雨晴れの白きてふてふ おほわらは丹精の葉にお邪魔しますと

につくしと花食ひ虫を落としては赤児のごとき脆さもあはれ

キアゲハの母の見つけしからたちを護りたき我れ赤児を落とす

母アゲハ次の日にも来 五十ほど柔き葉の上よろばひて産む




「ただ穏やかな日々を」

今この日安穏なればあしたもと願へど雲のゆるらに流る 

孤愁すら恵みの日なるにふと浮かぶ何かに怖れ遠く逃げたし

笑ひ合ひて朝夕過ごす願ひさへ容易ならねば諦めし数

子と夫に意味を問はるる短歌とは民の心の削ぎたる記録




「相談相手は弟」

前向きの弟なるをわづかなる残余なるとぞじゃれ合ひし頃

子育てや愛や仕事や結婚を蔑(なみ)し社会と無縁に生きし

運命を信じし軽さ難題を乗り越えざりしわが愛弱き

もう自虐やめませんかと言ひくれし人とも会はず逆縁幾年

手応えはビタミン剤のせいであれ一時だけは心泡立つ




「外の世界」

ブラインドを透かし眺むる陰影のとぎれとぎれて人等束の間

家々に時に喧噪もれくるも誰かの我慢に崩壊免る

空港へ涙構はず急ぎしに勇気崩れて葬儀に行かざり

海と空あはひに架かる大橋をひた走るバス 色無き世界を ==東京湾アクアライン

濃淡の利休鼠のあはひへと船は消えゆく吾は水底へ

海底に閉じ込めらるる定めかと地震怖るるにふと日の中に出る




「余震に遇いつつ終の住処か」

その一瞬予期せぬことの起こりしが「日本沈没」すでに予期あり

無謀にも東京湾を跨ぐ橋風に煽られバスは堪えつつ ===東京湾アクアライン

小舟より東京湾の底に立ち働く人ら潮の引く間を

なぜか良きガラスの家はしっくりと隅々までも惜しも我が家

見比ぶるきうりや茄子の花の色それぞれに佳し葉も怜悧なる

庭に生ふる柔きイネ科を踏みて舞ふひとり稽古に蚊もくる夕べ

借景の桃や柿の葉無花果は白き我が家の品よき飾り

笑ふがのかぼちゃの葉には大きさもこれほどなるべし花真っ黄色




「愛のわけ」

ひとときを母と過ごせる帰るさの暮るる坂道父さんと呼ぶ

昼寝より目覚めし孫は枕つかみ即片付けぬ園のしつけか

見渡すに子ら健やかに設計図違わず生ひて水瓜を齧る

孫一歳また遊ぼうね我が言ふにこつくりしてみせ見返りて行く

この愛の理由(わけ)は思はずいつまでも待つうらうらと土曜日の駅

集ひ来て挨拶交はす声々の駅舎に高く明るく響く

理不尽に砕かれて往く日々のこと子らは嘆かず母を巣立てば




「今昔」

阿蘇の野に若きら座して他愛なきじゃんけん遊びふと思ひ出づ

才長けし吾なりしにと悔ひいるがこれぞ非才の証しなるべし

浮かれ唄眺むるばかり視聴者の一生も僅かそこそこ気楽

戸も開けず籠るふたりに細々とたつきの柱個人年金

ブランドの腕時計もう用無しとソーラー電池を要に動く

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錨草とともに 2011年死に往く人

温かい母の体
いかりそうの巻

         

「飽くなし、飽きもせず」

自が生の底汲み尽くす貪欲を飽くなき希求羽搏かしめよ

何首まで呟き漏らす夫寝ねてかすかに埃舞ふ電脳画面

しんみりと散らし書きする独り居の夜半に欲しかる美声のメロディ

家内を拭き清むる日僅かにも美の顕はるる鏡の世界

独り寝の淋しくもなき身の内の唯真実の美しきを請ふ

飽きもせず苦労のあるかしみの浮く手に柿の額少しまろばす

寝足りしか脳のやる気にわが赤き後生の花も咲き継ぐ意気地

けふは夏至希望の坂を登りつめ明日はとぼとぼ冬至へ向かふ




「インターネット無し」

ネット無くつながり無くてヒグラシの真似したくなる調べ独りに

友三人あることの地の温さゆえ泣きごと言ひて花比べなど

過ぎ去れば戻せぬ時をぼろぼろと価値などなきと知りつつ使ふ

紅つけずしらが隠さず背を伸ばしクリームだけのせめて闊歩す

くちなしの白さ重さよ馥郁と香のたつらむに雨足しげし




「歌と挌闘」

ふとみると十日も詠まぬ心もて右往左往のこよみの印

軽薄に涌き出づる詩句 えい、ままよ胸深く居て書かねば非在

日常の歌を詠まむとエッセイのごとく書き継ぐびっしり頁に

感覚を研ぎ澄ます旅するならばあしたの浜辺渓谷もよし




「庭のすべりひゆ」

公園に彩りなせどわが植えしすべりひゆゆえ窓より笑まふ

忘れ得ぬ日に言霊はきらめくにすべりひゆ見て哀れ忘るる

からたちの花の小さきに驚きて旋律のなほ愛しまるかも ==島倉千代子ではありません

花白きからたちの歌棘の先まろき金色せつに待たるる ==北原白秋です

庭草は我が子らのごとそれぞれの形を成して日照りに負けぬ

死ぬほどの苦しみならばよく堪えしそれまでの日を褒めてやりたし

文月末歳を重ねて宝石のばらまかれいる庭すべりひゆ




「父の墓」

弟の病み嫁の病み思はざる径へ踏み込み平野へ下る

またも発つ彼方の岸へわがうからいづれ目見ゆと想ふ小夜月

向かふべき岸辺はあるや菩提樹の木下(こした)涼しく物理の涯てに

お盆近く父ひとり居る熱き穴 縁者すべてに呻吟続けば==弟の最期の笑みを見たころ

熱風にさらされ悲し誰ひとり心頭滅却できもせず南無

父の墓に烈火の草抜き汗飛ばしうは言のごと怪しき会話




「晴れやらず」

人間にもの事の意味わかるはずなくば得てして不幸を招く

朝九時の西側の陰さはさはと海風まとひ太極に舞ふ ==庭で太極拳

百人の自死せぬ日なくアナウンス聞く駅の端 熱風おどろ

山之辺の吾子の墓にも熱風の吹くや涼しき精霊遊ぶ

不幸なくば傲慢軽薄限りなく情け知らざる我となりしか

苦をひとつ乗り越え待ちし台風の雨終はる頃ガタガタが来る




東京湾アクアライン

息子よりメール応答なきときは無関心より不穏の理由

いち人に命預けて心急く高速バスは燃ゆる地球を

利用する羽田空港普段着に 時には妬(と)もし旅の華やぎ

水枯れむ小庭(さにわ)思ひて急かるれどバス待つ足にねんざの兆し

空港に夢溢るるを見つつ吾(あ)は食欲もなき夏のからぶり

忙はしさに長く見ざりし夕空にビルの頭のごとき淡月 ==高速バスより見る

湾にやや白波立ちて銀色の鴎と機影風に乗りゆく

菅笠(すげがさ)の媼(おうな)汗拭き休みいる草はらにわがまなざし憩ふ




「白い朝顔

青白き涙の色を思はする朝顔咲きてけふまた雨らし

写しおかむ 赤のはずなる朝顔の青白なれど待ちわびたれば

陽と雨とこもごもの朝 露草の紫匂ふ青きらびやか

去年(こぞ)までは桜と竹の家に居て 重力のごと蝉は時雨れき

ジイジイと一匹の蝉聞きてよりさらには増えず樹のなきこの地

柿の木の切り株ありて細き枝(え)に葉は繁りたる 紅葉ぞ待たる

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小菊とともに 2011年に別れて

この母といつ永遠に別れるか
小菊の巻

           

「弟逝く」

夏来れば誕生日あり死ぬもあり弟死にたり今年の盆に

白百合と笑顔の父と一枚の写真に浮かぶ互ひの祈り

晴れし日の夕空星の光り初む群青色を好みたる人

その淡きあまりに淡き花色のホテイアオイの薄紫の

思ひ出は大き水がめ 金魚ゐて祖父と眺めし薄紫よ

朝すでに積乱雲の貼り付きて倒れ来るかの二次元の空




「とつおもいつ」

右耳にけふはミンミン珍しく ジイイは普通われは蝉の樹

寝転べば畳の固さ垂直の底の四方は平らかにして

薮椿切り絵の中で褪せもせず新聞紙なのに夢かと咲きて ==平二郎の切り絵

夏の旅恋してた頃麦わらの洒落た帽子を風が奪った

かすかにも夢見の世界 先代の皇后とかにて言葉を交はす

そこそこに幸運なりしを台無しにして賜りしおごらぬ心

千本の竹刀の素振り師の曰く時に神様降りて虹色

朝顔の絡みし蔓をほどくごと机上のケーブル敬して分つ




「夏の終わる気配」

どこか似た笑顔のままの弟の空に浮かびて今なほたよる

目覚めねどしばしの別れ 夏来れば花さるすべり必ずや遇ふ

その朝に目覚めぬ我に涙する人あるまじも彼方待たるる

虫の音のふいに美し霊祭り彷徨ひいるや涼風吹けば

秋や立つ 風の音には驚かね虫の一声聡くも聞きぬ




「共同生活」

牡丹色にエノコログサの茂みよりひとつ光りぬ松葉の細く ==ヒメマツバボタン

牡丹色ねこじゃらし等のジャングルに声を揚げたる希望か花か

おんぼろの車に寝転び閉ぢこもり雨水流るる夫との暮らし

散らし書きどうでもいいか さりながら更級日記を読めばをかしも

日々来たるヤモリの腹の消えし窓おおかまきりはカンナに居るや




「台風」

ひとつ咲き二つ目が咲く翌日に紅濃くちぢむ隣りの白さ ==酔芙蓉 不思議な咲き方

歌はねば消えていくのみ刻々の千切れ雲さん切り取りますよ

あれやこれ胸騒ぎして閉ぢ籠る暗き部屋々々台風を待つ

台風が屋根をどどつと撃つ中に蝉の一声深夜にありぬ

大風の雨戸揺らすに家の無き人等の濡れていづこにぞいる ==孤独なホームレス

暗雲のまたかかり来と吐息すも花の輝き大風に克つ

黒雲を薙ぎつつ青と白雲の速度をまして輝く侵攻





「秋の彼岸」

彼岸すぎ夏を見送る花鋏百日草の色は末枯れず

関西に卒寿の恩師研究になほ勤しめる人生の秋

収穫の苦瓜ふたつ恐竜のやうに抱きて裏声ホホイ

月まだし十六夜にしてつくつくと鳴くもしばしや絶え果つるらむ

程よきは歌の形か波打ちて心とよもすもの長からず




「心萎え」

心萎え空も仰がずコンビニの高き声にも無言にて過ぐ

ああそこに紅(べに)の水引いたづらに回転しつつ真白く笑ふ

何となくひともと庭に茎あるを手折る間際の紅の水引

からたちに畏れ屈みて白秋も歌はざりし香未知の香をかぐ

   


「供花」

返歌してネット歌壇に遊ぶ間に汝(な)へ供ふべき菊は咲きつつ

幻と玉の体は消え果てて白骨(しらほね)となりたるしらじらと

空色に塗りたる屋根をいただくはそのまますっととび立つ準備

母われの無闇に言の葉つづるのは真なる何か現はるるかと

得も言へずゆかしき面の健気さを報はれをらむ天のうてなに

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黄菊とともに 2011年歌と生きる

母の細胞は縮んでいく
黄菊の巻

         

「対話」

珍しく音聞かせたる風鈴は北国生まれ冬めく風に

軒端からそろそろ風鈴ドアノブに吊るせばコンとノックしてくる

ポーチュラカ霊気を浴びて甦る どうするつもり根は切ったのに

おじさんが「気持悪いよ暑すぎて」トンカチしたり雑草抜いたり




「秋思」

心憂くワード開けばひらりとぞイルカの出づる瞳賢し

夜に聞く屋根の雨音安らぎの深き息する柔き夜具うち

夢を見てたれにぞ告ぐる夢のごと憧るる人けふも現はる

言えぬことあれば歌にもできぬゆえ漏らす言の葉じぐざぐと舞ふ

空広きネットの窓から見る茜 旗雲ならむ布のいく筋 ==ブログに見る写真




「秋風」

房総に山も紅葉も見えずして銀のすすきと黄菊のみなり

海に生れ裏街道をヒイフウと獣めく風この雨戸まで

かがみつつ裏道帰る シャッターを鳴らす夜風とコートの抗ひ

もみぢ降る おはりの時は鋭さのゆるびたる指乾ける音す

北風が朝の小窓に貼りつきて千の声して轟きうがつ




「回想」

二晩の旅の夜汽車の座席より転がり落ちし姉弟ともども ==鹿児島より青森まで昭和29年

弘前の港なりしか桜とふ美しきものあるを知り初む

リンと聞く短冊もろき風鈴の津軽の音よ風強まりぬ 

春や春山たたずみて さ緑の土手に光れる津軽の小川

朝霧の彼方へかすむ電柱も物思はせし登校の道 ==山陰の町

遠きころ更級日記の姫君の物狂ひてのち哀れ世を知る ==源氏物語への物狂い

不思議かな房総半島平らなる石器時代の果てなき空はも ==昔の上総の国




「ゆうくん」

カレンダーの裏や紙切れ孫の書くひょろひょろの線有り難きもの

ゆうくんが天使の声で初めてのモチモチオイデ言ってくれたる

その声の可愛く嬉し夕空になべての悩み放り捨てなむ

ゆうくんと心を交はす言葉にて 普通なれども特別なりし

小柄にて言葉遅しと戸惑ひて敏き子なるをわが老婆心




「退職者」

アメリカのドラマの続編来春と 退職者にて過ぐるまま待つ

陽射しなき部屋に幾年住みたるか はなはだしくも黴は笑ひて

秋深み照り翳りする縁側に残り毛糸を鉤針に編む

戸も開けず籠るふたりに細々とたつきの柱個人年金

ブランドの腕時計もう用無しとソーラー電池を要に動く




「秋のイメージ」

アベリアと金木犀の路 母を看に白に紅さすむくげを曲がる

母を看に急ぎし坂の夕星とアベリアの香の思ひ出セット

年々に咲きてぞくれし紫の桔梗一もと置き去りにせし

人群るる動物園は夕映えてガラス越しなる獅子の遠き眼




「冬への観察」

住まい/
灰色の気を美化しよう真っ白い大根を煮るまだまだ我慢だ

冬の蚊の棲みつきてより幾日か遠慮がちなる羽音オスらし

穏やかに日差しは降るも霜月の雀の仕草 明日は来るやら

平屋建て方位斜めのマッチ箱 陽は四方より魔法を使ふ

北窓に西日は赤く隣り家の反射光とし東にも差す



自然/
見事にも庭一面のやぶからし 霜に枯るるや名残惜しとも

シベリアの虎の咆哮かくやもとケーブル揺する冬の切っ先

黄の帽子かぶるセイタカアワダチソウ 疎らに立ちてちかごろ小ぶり

アキアカネその名の由来これなるか赤の深さよ悲壮なるまで

青白き朝顔すでに抜きたるをなお芽の出でて継子扱ひ



自分/
退屈を知り初めてより引き込まれ裏目表目寝ねもやらずに ーー編み物

歌誌のはや11冊なり来年へ心預けて暦を集む ーー結社の月刊

真ん中に突っ立ってみる バス停の小道に刺さる腕組みの影

メモ帳も最後の余白 苅られたる実りの色の残す田の彩

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柿もみじとともに 2011年やっと終る

白髪の母は運のよい人である
柿もみじの巻

         

「近き思い出」

けふの幸こそ忘れまじ満月を見て交はしたる親子の眸

仏桑華(ぶっそうげ)と呼ぶはなにゆへ緋の色の最後の心ふたつ開きぬ

藍色の冬至前後の沈みたる空の夕星頼りの光
             
大洗海岸の波営々と寄するを人ともの言はず見き ==亡き弟と

金木犀匂へるころも夜々母に待たるる身にていはゆる名月




「遥かな思い出」

緑山に向かひ手を振る 三人(みたり)して昼餉を共にしたる嬉しさ ==息子3人と過ごす

墓山に庭石菖(ニワゼキショウ)の淡き海 影か光か頷き浮かぶ

滝道を行く母の背のなだらかに美しかりし去年の秋

末っ子の初めての語は「アナ」なりし棒を差し込む木のおもちゃの名

寒の入り逃げも隠れもできぬまで四方の氷の袋小路に

僧ひとり橋のたもとに錫の音の時雨をつきて耳にはいり来

雪の中兼六公園新婚のそぞろ歩けば縄目正しき




「初冬の庭」

待ちかねし銀杏も散りて地の黄色 赤く溢れて山茶花すでに

切りも無く顔出す雑草小春日に莟もつある「あなたはだあれ」

かの人の世には知られで遺したる言の葉いくつ惜しまるるかも

ネギ人参キャベツと炊かむ昆布出しに自然の甘さあえて肉なし

日差し得て庭のいのちと過ごせしが醜き空となりて頭痛す

俯きて草引く耳にたれか来る靴音めきて固き枯れ葉の



「日常」

濃き赤の最後の莟開きしが巻き戻しのごと仏桑華閉づ ==花期長いハイビスカス

陽も澄める部屋の朝ドラ午後ならば泣くなどせぬを堪え性なき

歩道にて白鶺鴒とすれ違ふすたすたつつつ行人われら

言い交はす家賃の支払ひ忘るるな命ずる人と実行役とで

自死したる娘を理解する術やある父はさまよふ電子の海に

人間にもの事の意味わかるはずなくば得てして不幸を招く

冬至まで辿り着きたる雀らは庭に残れる葉を食むらしき

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