小菊とともに 2011年に別れて
この母といつ永遠に別れるか
小菊の巻
「弟逝く」
夏来れば誕生日あり死ぬもあり弟死にたり今年の盆に
白百合と笑顔の父と一枚の写真に浮かぶ互ひの祈り
晴れし日の夕空星の光り初む群青色を好みたる人
その淡きあまりに淡き花色のホテイアオイの薄紫の
思ひ出は大き水がめ 金魚ゐて祖父と眺めし薄紫よ
朝すでに積乱雲の貼り付きて倒れ来るかの二次元の空
「とつおもいつ」
右耳にけふはミンミン珍しく ジイイは普通われは蝉の樹
寝転べば畳の固さ垂直の底の四方は平らかにして
薮椿切り絵の中で褪せもせず新聞紙なのに夢かと咲きて ==平二郎の切り絵
夏の旅恋してた頃麦わらの洒落た帽子を風が奪った
かすかにも夢見の世界 先代の皇后とかにて言葉を交はす
そこそこに幸運なりしを台無しにして賜りしおごらぬ心
千本の竹刀の素振り師の曰く時に神様降りて虹色
朝顔の絡みし蔓をほどくごと机上のケーブル敬して分つ
「夏の終わる気配」
どこか似た笑顔のままの弟の空に浮かびて今なほたよる
目覚めねどしばしの別れ 夏来れば花さるすべり必ずや遇ふ
その朝に目覚めぬ我に涙する人あるまじも彼方待たるる
虫の音のふいに美し霊祭り彷徨ひいるや涼風吹けば
秋や立つ 風の音には驚かね虫の一声聡くも聞きぬ
「共同生活」
牡丹色にエノコログサの茂みよりひとつ光りぬ松葉の細く ==ヒメマツバボタン
牡丹色ねこじゃらし等のジャングルに声を揚げたる希望か花か
おんぼろの車に寝転び閉ぢこもり雨水流るる夫との暮らし
散らし書きどうでもいいか さりながら更級日記を読めばをかしも
日々来たるヤモリの腹の消えし窓おおかまきりはカンナに居るや
「台風」
ひとつ咲き二つ目が咲く翌日に紅濃くちぢむ隣りの白さ ==酔芙蓉 不思議な咲き方
歌はねば消えていくのみ刻々の千切れ雲さん切り取りますよ
あれやこれ胸騒ぎして閉ぢ籠る暗き部屋々々台風を待つ
台風が屋根をどどつと撃つ中に蝉の一声深夜にありぬ
大風の雨戸揺らすに家の無き人等の濡れていづこにぞいる ==孤独なホームレス
暗雲のまたかかり来と吐息すも花の輝き大風に克つ
黒雲を薙ぎつつ青と白雲の速度をまして輝く侵攻
「秋の彼岸」
彼岸すぎ夏を見送る花鋏百日草の色は末枯れず
関西に卒寿の恩師研究になほ勤しめる人生の秋
収穫の苦瓜ふたつ恐竜のやうに抱きて裏声ホホイ
月まだし十六夜にしてつくつくと鳴くもしばしや絶え果つるらむ
程よきは歌の形か波打ちて心とよもすもの長からず
「心萎え」
心萎え空も仰がずコンビニの高き声にも無言にて過ぐ
ああそこに紅(べに)の水引いたづらに回転しつつ真白く笑ふ
何となくひともと庭に茎あるを手折る間際の紅の水引
からたちに畏れ屈みて白秋も歌はざりし香未知の香をかぐ
「供花」
返歌してネット歌壇に遊ぶ間に汝(な)へ供ふべき菊は咲きつつ
幻と玉の体は消え果てて白骨(しらほね)となりたるしらじらと
空色に塗りたる屋根をいただくはそのまますっととび立つ準備
母われの無闇に言の葉つづるのは真なる何か現はるるかと
得も言へずゆかしき面の健気さを報はれをらむ天のうてなに
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