錨草とともに 2011年死に往く人
温かい母の体
いかりそうの巻
「飽くなし、飽きもせず」
自が生の底汲み尽くす貪欲を飽くなき希求羽搏かしめよ
何首まで呟き漏らす夫寝ねてかすかに埃舞ふ電脳画面
しんみりと散らし書きする独り居の夜半に欲しかる美声のメロディ
家内を拭き清むる日僅かにも美の顕はるる鏡の世界
独り寝の淋しくもなき身の内の唯真実の美しきを請ふ
飽きもせず苦労のあるかしみの浮く手に柿の額少しまろばす
寝足りしか脳のやる気にわが赤き後生の花も咲き継ぐ意気地
「インターネット無し」
ネット無くつながり無くてヒグラシの真似したくなる調べ独りに
友三人あることの地の温さゆえ泣きごと言ひて花比べなど
過ぎ去れば戻せぬ時をぼろぼろと価値などなきと知りつつ使ふ
紅つけずしらが隠さず背を伸ばしクリームだけのせめて闊歩す
くちなしの白さ重さよ馥郁と香のたつらむに雨足しげし
「歌と挌闘」
ふとみると十日も詠まぬ心もて右往左往のこよみの印
軽薄に涌き出づる詩句 えい、ままよ胸深く居て書かねば非在
日常の歌を詠まむとエッセイのごとく書き継ぐびっしり頁に
感覚を研ぎ澄ます旅するならばあしたの浜辺渓谷もよし
「庭のすべりひゆ」
公園に彩りなせどわが植えしすべりひゆゆえ窓より笑まふ
忘れ得ぬ日に言霊はきらめくにすべりひゆ見て哀れ忘るる
からたちの花の小さきに驚きて旋律のなほ愛しまるかも ==島倉千代子ではありません
花白きからたちの歌棘の先まろき金色せつに待たるる ==北原白秋です
庭草は我が子らのごとそれぞれの形を成して日照りに負けぬ
死ぬほどの苦しみならばよく堪えしそれまでの日を褒めてやりたし
文月末歳を重ねて宝石のばらまかれいる庭すべりひゆ
「父の墓」
弟の病み嫁の病み思はざる径へ踏み込み平野へ下る
またも発つ彼方の岸へわがうからいづれ目見ゆと想ふ小夜月
向かふべき岸辺はあるや菩提樹の木下(こした)涼しく物理の涯てに
お盆近く父ひとり居る熱き穴 縁者すべてに呻吟続けば==弟の最期の笑みを見たころ
熱風にさらされ悲し誰ひとり心頭滅却できもせず南無
父の墓に烈火の草抜き汗飛ばしうは言のごと怪しき会話
「晴れやらず」
人間にもの事の意味わかるはずなくば得てして不幸を招く
朝九時の西側の陰さはさはと海風まとひ太極に舞ふ ==庭で太極拳
百人の自死せぬ日なくアナウンス聞く駅の端 熱風おどろ
山之辺の吾子の墓にも熱風の吹くや涼しき精霊遊ぶ
不幸なくば傲慢軽薄限りなく情け知らざる我となりしか
苦をひとつ乗り越え待ちし台風の雨終はる頃ガタガタが来る
息子よりメール応答なきときは無関心より不穏の理由
いち人に命預けて心急く高速バスは燃ゆる地球を
利用する羽田空港普段着に 時には妬(と)もし旅の華やぎ
水枯れむ小庭(さにわ)思ひて急かるれどバス待つ足にねんざの兆し
空港に夢溢るるを見つつ吾(あ)は食欲もなき夏のからぶり
忙はしさに長く見ざりし夕空にビルの頭のごとき淡月 ==高速バスより見る
湾にやや白波立ちて銀色の鴎と機影風に乗りゆく
菅笠(すげがさ)の媼(おうな)汗拭き休みいる草はらにわがまなざし憩ふ
「白い朝顔」
写しおかむ 赤のはずなる朝顔の青白なれど待ちわびたれば
陽と雨とこもごもの朝 露草の紫匂ふ青きらびやか
去年(こぞ)までは桜と竹の家に居て 重力のごと蝉は時雨れき
ジイジイと一匹の蝉聞きてよりさらには増えず樹のなきこの地
柿の木の切り株ありて細き枝(え)に葉は繁りたる 紅葉ぞ待たる
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