私家版マスメディア〜logo26のシニアの生き方/老婆の念仏

何が出てくるやら、柳は風にお任せ日誌、偶然必然探求エッセイ

無名の菊とともに 2013年 努力する

一月一度の訪問と母の笑顔
無名の菊の巻

            

「父の命日 夏盛り」

思ひ出しくるる人なき命日を父は白百合のごとく笑へる

無念なる娘なりしと嘆かひて父は逝きしか思ひてへこむ

シベリアゆ運良く帰国したる父の手帳に残る椰子の実の歌

内側に金魚や花火描かるる硝子の風鈴いくつ壊しき




「夏模様」

室内は35度なり硝子戸の向こうはせめて熱き風吹く

お屋敷の離れの書斎 三面の硝子戸作り模したる吾が屋

エコカーテン人の為すとてゴーヤ植え豆に胡瓜とわが不統一

瑞穂とふ国をさはさは風の行く韮(にら)の花茎ついでに揺らして

匠らの石灯籠を打出せる万遍の鑿(のみ)やはさ醸(かも)しく




「誕生日 時の流れを見回す」

67歳のなほ残れる日 息子らのそれぞれ足れる境涯を祝ぐ

如何なれば急に皮膚過敏起こりたる髪一本の触るれば発疹

なにゆえにかかる秘密を堪え忍ぶわれは阿呆かDV被害者

小突かるるも平静よそほい店を出づ降りくる罵声仮面は深く

ヌテラとふチョコレート塗る黒パンのドイツの暮らし吾が好みたり

肺炎に臥しゐし頃の母の爪すべて抜けたり今のわが歳

世に生れて脳と体の撚りなせる心の探求なほ百年と

初旅は朝鮮半島夾竹桃 原爆の日終戦の日も ==生後10日目の旅立ち

戦とふ抗へざりしシステムに命断たれてひとりひとりは




「不真面目」

川あれば笹舟に似る小舟もて都路たどる更級の姫

葉の端を折りてたためば笹の皿 ぽとりと水に放せば舟なり

三日月の形は舟とたとえらる 惑星たちと遊ぶ航跡

またやった修正せずばならぬ線 液もリボンも尽きたる夜半に

トイレなら世界に冠たる革命も日常となり掃除ややこし

ガス管の保護用テープを爪研ぎにするな野良猫こちらも切実

水の中土の中なら息絶ゆる者とふ不思議ひとり吹き出す




「あの時 東京猛暑」

返事無く会ふを諦め去りしドア 炎暑の東京最後のチャンスを

暑きゆえ白装束にて訪へば「ああお母さんですね」家主の言ひき

わが願ひ君に会うことのみなるについでの如く為してしまひぬ

過ぎし日を愚かなる吾と知るなれど「予見できぬ」と言い訳なほも





「食というアイデンティティ

初体験松屋の牛丼Uの字のカウンター席に臆せず座せり

牛丼をかきこみてふと上げし眼に白きワイシャツぐるりイケメン

「人に良き」もの「食」なると新知識ゴーヤ呑み込みおおよそ納得

納豆に飢えつつ海外生活の要は「メシ」なるアイデンティティ




「老老敬す」

喜寿までの艶やかなりし母の面は 麻酔注射に痛み薄らへど

卒寿なる母の鼓動を支へきて「機械の寿命なほ十八年」

皺々の母の笑顔に会ひてのち動かぬ顔を思へば震ふ

大正とふ遠きところに母生れき 写真婚にて良人を得たり

嬰児(みどりご)を守らむ一途に引揚げの旅を耐えしと母の十八番(おはこ)は

先立てる父と弟わが息子 卒寿の母と生かされ長き

夕風と熱の争ふ終戦日あしたの莟開き切るやら

蝉のうた尊きことば聴く墓前 汗は不動の脊を零れ落つ

ナマンダブ合はす手は汗涼し気に甚平姿の弟笑ふ 

砂粒のすべての程も在る銀河 昼夜を問はず空には光 

昔母に贈りたる傘わがさしていつもの独り葛の香に佇つ

MacOSが選びし写真花と孫のスクリーンセーバー無限に流る

明日からのおニューが待たるMacBookPro共に歩まむ文明の先へ

おおここに隠元和尚またここにおはしましたか隠れんぼお上手 ==インゲン豆の収穫、貴重

風冷えて法師蝉哭く シリアにて残虐あると遠く近くに



「首都高い往く」

梅林は氷雨にけぶり小暗きに紅白の色眼裏に咲く

春雨の高速渋滞ゆつたりと首都の隅々(くまぐま)桜白々

吹っ切れし如く加速しゆくバスに残る幻影花曇る日に

ビル工事するにもひとつ乱すなき首都の川面に花影傾ぐ

仄白く小雨に滲む梨の花 畝はくろぐろ彼方へ続く

満を持する都の緑園若葉とふ贅を尽くして人ひとり見ず

これほどにビルやトラック作りなす 自然にもどす術無きままに

匂やかにつつじ配して若葉あり 何やら薫り来気密のバスにも

ビルの谷にあるべき点景卯月尽(うげつじん)青葉並木と玉なすつつじ

屋上までビルの手入れの尽くされて心貧しきわれを悲しむ

天空の鏡面ビルに映るバスの窓にわが顔あり見詰め合ふ

空調より燻(くゆ)る白煙をちこちの屋上を立ち靄(もや)に同化す

都心ビル上半分がかき消えぬ ぬか雨の空仰げばまさに 

新宿へ高速バスに着くや遭ふ鳥に餌をまく老ホームレス

雀らの知る由もなき誰の撒く餌により生くるひとときなるか 

新しき浮浪者と見ゆスーツケース二つ並べて黒くはみ出す

頭抱へ都庁の角に居る男身じろぎもせぬ大き鞄と

アウトロウにあらぬを不運に襲はるる「普通の人」の無宿始まる

僅かなる紙幣を持ちてリュック負ふわれ新宿を彷徨ふひとり

何処へか山手線に運ばるる人らの瞳と服装窺ふ

自然的辺地に住めば荒れし野と人の暮らしぞ醜く残る

お互ひを映し合ひたる鏡面ビル昏まりゆけば孤立して照る

歌心たゆたふままに忘れゐき 外は黙せるひと色の海

けふは湾を静かに充たす水なれば物質めきてなほ魅せらるる

水と大気の接面に霧わき止まず羽田も見えずいづこなるここ

梨棚と稲田広がるひとところテレビの残骸山なすモノクロ

玄冬のバスに思ひし夏のいろ 緑重たく今を流れて

九十分バスに揺すられ幼らのみんな眠りぬ母の腕(かいな)に

安穏と命托して顔も見ぬ 一期の同舟手袋白し

わが用の甲斐無きものを果たさしむ涼しき声の運転手に謝す
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