栗の毬とともに 2012年夏過ぎる
哀れ 母の老いたること
栗のイガの巻
「夕涼」
夕まぐれ畳に伏して灯も点けぬ孤独も良きか月と虫の音
涼風にブラインド揺れ白々と透ける月影 こはどこの国
どの部屋に行きても窓にこおろぎの囁く夜となる宇宙ノイズと
満月を見上げその位置描きみるけふ球面に溢るる日光 ==月が近い夜
「三世代」
二歳児もエノコログサの穂の柔さ感じたるらしふたつ引き抜く
オリンピック見たるゆうくんかけっこ好き腕を泳がしどこでも全速
「ゆうくんは男の子だから」たどたどとしかつめらしく二歳児の口
「お袋」というでもなくて唐突にあんたと呼びくる末っ子二十歳
二年生の通知表に書かれたる「無口無関心争ひ好まず」如何なる我か
「秋彼岸に思い出す」
盂蘭盆会みな仏ゆえ恨みなく集へる笑顔火影まはりに
思ひ出づる少女雑誌の感傷の朝(あした)のはまべ黄のフリージア
朝顔の凋むはかなさこの赤の色を限りと種を残さず
両の手の幸水梨に噛み付けばおもおも張れる甘露の袋
去年遇ひし水引草の咲きたるは十月なりしか花茎は紅(べに)
「違和感」
梅雨に咲く小さき白花アゲハ来てほほづき大の緑の球生る ==のちに金柑とわかる
ベランダの花は外向き天窓の真下に咲かば空を見上ぐや
半分の空占むる赤 予兆めく巨大鉄床(かなとこ)せみくじら雲
泣き暮らし涙も涸るるこの日頃ドライマウスにドライアイとは
「夏の名残り」
向日葵の幹に足添へへし折れば海綿のごと芯は濡れいて
鯖雲のあまねくだんだら仰ぐ目に空白くして雲青く見ゆ
律儀さを歌に詠むにも名の無くば報はれざりて牡丹色なり ==ミニマツバボタンとのちにわかる
一本の芽立ちも惜しみ残す庭にやがて緑の絨毯敷かる
露草も抜きて夜寒の時雨月あした晴るれば横様に咲く
戯れにひねる俳句に季重ねといふ壁ありてうたの自由や
「秋の朝顔」
咲かぬまま茂る朝顔みどりなす葉の投ぐる影白秋の頃 ==夜の街灯のせいらしい
諦めて切り置きし蔓の初花の色忘れまじヘヴンリイブルー ==heavenlyblue
露草と不思議に同色はつ花を十月咲かす朝顔のあり
十月の赤に黄の斑の蕾立つ祖父のカンナは本気に咲くらし
酷暑過ぎ息吹き返すばらの葉に虫のたかりてぱらぱらと落つ
木犀の風巻きおこる線路沿ひ泡立草の花穂は尖りて
「涼音」
左手も弦にふれつつ琴爪を構える今しひと声を待つ ==「ヨオイ」のひと声が合図
ひんやりと風のふとあり草引けば耳の後ろに百舌鳥の高らか
小童(こわらわ)の声やはやはと澄み透る公園に請ふ慈悲ぞあれかし
風と雨の拭ひて秋空さうさうと濯ぐがごとしこの乱し世を ==台風のあと
庭に出て雨戸ひくときガラス戸に映り込む月間近に眺む
くきやかに槌音冴えて雲もなし新築の家冬へと急ぐ
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