庭梅の実とともに 2012年春から夏へ
少女のような老母に会いたい
庭梅の実の巻
「過敏」
黒き眼に口笛軽く吹きやるに淋しきひとを犬も無視する
白足袋の揃ひて待てり琴爪の幽かに立つる春の波音 ==箏曲「春の海」
まだみつきしか経たぬのにはや倦みて暦破るも物憂き鼓動
弥生尽 風に抗して樹も我も斜めに構へカフカの線描 ==フランツ カフカの自画像?
「春たけなわ」
春を名乗るおおいぬふぐり 大小の白き花らも目覚めし野辺に
突風の揺する闇にも春の香は満ちてあるらむ挽歌直すに
大樹なる紅しだれ梅 古き家に笠をふはりとかざしいるかの
枝垂れ梅その花籠に捉へられチツチキ啼かむ目白となりて
花の屋根十二単の絨毯を息(こ)の墓詣で卒寿の母の
「大震災遭遇」
去年弥生十日の夜に引っ越せる千葉の煙突明々として
引っ越しの荷の揺るるまま逃げ出してコスモ石油の爆風を受く
絶望の極みに笑ふ渋滞にいまだ知らずも死の物質を
舌下錠を常備する夫 頑固者のせめてその日の安らかなるを
命生み是非無く奪ふ自然かと弥生に知れば涙も出ず
「庭の野草」
かく小さき名も知らぬ草 白や青うす紫の花を秘めをり
カタバミも命の限り咲くものを黄の色思ひ指を差し止む
雑草を引かむと土にしゃがむ時微小の花の濃紫映ゆ
苧環の種ほど小さき葉の横に一ミリほどの白き花 ==苧環の新葉は本当に小さい
「見る間に緑」
花のあといづこも光あは緑 木下の人の何か美し
遅かりし花も緑へ変はりくを珍らかとみる 季(とき)を流れて
鳴子百合しげる廃屋たが植えし葉陰に白き鈴あまた下ぐ
水田は鏡と光り梨棚の花は揃ひて白く平らか
「新しい歌会へ」
特急券無しに済ますは可能かと貧の危ふさ鈍なる知恵に
東京へアナウンスの声何語なる「も一度プリーズ」地団駄をふむ
一巡り東京湾のふちをゆく往路はビル街帰路は羽田へ
海底へチーターしなるごと迷い無きバスにわが運ばれて行く ==句またがり
ふわと浮くリムジンバスのクッションは駆けゆく虎の背なもかくやと
「Tokyo」
高速より世界のTokyo眺めゆく皇居の堀も後ろを覗く
群れとして働き蟻の連係に作りし都市は夢の実現
奥底の隅田川より幾重にもスカイタワーまで富の集積
高速の高さに新緑湧き出でてビルの窓なる小さき人影
ビル群は身震ひするやに際立ちて銀杏の新芽街路を飾る
「あの頃」
外は雨ややこでありし子のそばに大人の思ひ充たせし春夜
いまさらに性愛の意味諾えり愛する人に贈る歓び
あの頃の血を吐く歌を夜の雨と推敲したりわが生き延びて
塚本と聞けば泣きたし喪ひし子と楽しき日過ごしたる街
布引きの滝の飛沫を浴びし日の手もつながねど緑滴る
豆粒の点になるまで慕ふ影愛の証の無かりしを泣く
___