私家版マスメディア〜logo26のシニアの生き方/老婆の念仏

何が出てくるやら、柳は風にお任せ日誌、偶然必然探求エッセイ

聞雑誌テレビ情報が手に入らないので、直に聞いたことをまとめてみようという考え

K夫人、70歳ほど、肥り気味、ふっくらした笑顔、脚の爪に硬化あり:
彼女の夫、元気で飲み食い盛んだったが、退職後糖尿病の治療薬をきっぱりやめて、一日1400Kcalの食事、運動という生活に切り替えた。その結果、ほとんど常人なみの血糖値。えらい人だ。しかしその後脳梗塞の軽い麻痺とたたかう毎日である。

一男一女、娘に孫男女あり。
K夫人40歳過ぎ、目の前にレースのカーテンが垂れるような目の異常を感じ始めた。あれこれ眼医者を巡るが、もう少し様子を見ましょう、ということで一年半経った。
ある日、ある眼医者が、脳神経外科にかかるようにと言った。
K夫人はすぐにタクシーを拾い、一番いい脳外科医のところに連れて行ってくれ、と言ったそうな。
運転手はお客がよく行くという大学病院に彼女を連れて行った。
入院してひと月も検査が続いた結果、脳下垂体視床下部に腫瘍がある、三センチであるという。そのそばにある視神経が押されていたのだ。

手術は、まず耳鼻科的な施術、鼻のどこかを開け、そのあとを脳外科医が摘出手術というもの。十時間かかった。
術後は非常にうまくいき、医者も驚く回復ぶりであった。

「一年間ステロイドを服用しましょう」と言われた。
「二年間にしましょう」「三年間にしましょう]
余りのことにK夫人が異を唱えると、実は一生飲んでもらうのだという。ショックを小出しにしたのだ。というのも脳の手術ではすべてを除去することが難しいので、こんなことをするのだそうだ。

ここまでがK夫人の第一の正念場である。

60歳頃、元気に生活していたK夫人をちょっとした自動車事故が襲った。
右膝を擦りむいただけであったが。
市販の消毒をして包帯をして傷は癒えた。
三ヶ月後の師走。
K夫人は、料理に疲れ、エプロンをしたままソファに座り、大好きな番組がくるまでテレビを眺めていようと思った。

どこかで夫が、「かあさん、そろそろ起きたら」と朝起こしている声がした。彼女は眼を開けた。

すでにICUで一週間過ぎるところだった。昏睡からまだ覚めない場合もう見込みが無いと思われる長さである。

夫は彼女が居眠りしているので、自室でパソコンをしていた。だが、ふっと気づいた。妻がこんなに居眠りするのはおかしい。案の定、妻は全く目覚めなかった。

男の子の孫が四歳頃、K夫人は何となく語りかけた。
「あと十年もしたらおばあちゃんは天国にいるだろね」
「そしたら、僕も一緒に行ってあげるよ、ひとりじゃ淋しいでしょ」
その孫が、小学生になっていたが、毎日手紙を部屋に差し入れた。子どもは入れないからである。

因果はこうである。ステロイドは彼女をずっと助けていたが、たまたま傷ついて、ばい菌が侵入したとき体の中を自由に繁殖していったのである。
それはステロイドのせいなのだそうだ。そして医者たちがステロイドを服用していると知らなかったことが長引いた原因となったのである。

K夫人はいま、糖尿病の治療中である。
「あのまま、死んだらねえ、一番楽だったのに、そんなこと思いますよ」
「そうですよね、いつかは死ぬんだから楽にできたらそれが一番ですよね」

おばあちゃんが大好きな優しい孫が悲しむのはわかっているが。
K夫人の第三の正念場はいつかくる。