美男葛とともに 2009年終りとなりぬ
永遠へ向かいつつある母遺す
美男葛の巻
「惚けたる日々」
自然の美を詠みて救はれその中の一個なる身の五感愉しむ
二つ目の矢車草のちりちりの花色淡し露草よりも
ベランダの蜘蛛とかづらとアスパラガスの防虫網戸壮大なるよ
夏休み持つ幸運をザウルスの電光に記す刻々の行
「帰路」
秋雨の阪急電車午後六時思ひこもれる人らと揺るる
白き肌に染みひとつ無き乙女らの絶望の盾黒かばん抱く
木枯らしと言ふに遅かれ夕星のひとつ震へる桜裸木
いかばかり悲しみし汝か夕星に導かれつつ遅き帰路かな
「祝言」
夜の雨の名残の雫煌めきて不思議のもみじ佳き朝来たる
神かけて永遠に離れじ若きらへ熨斗袋わが華やぎ送る
尿して秋は空なり軽き身の望まぬうちに孫を賜はる
子から子へ伝はりてゆく我が選りしYと呼ばるる染色体は
「回顧」
茶の花と小笹の垣根ここまでの記憶の河の始まりの家 ===桜島と対面する家
祖父と行く六月燈よランタンに赤き指輪をねだりしは何故 ===鹿児島の夏祭り
さんざめくジグソーパズルあの朝に紙片幾千散らせたる塔 ===マンハッタンの大きな昔のパズル
石庭の我足るを知る 若きころ趣向に興を覚えたるのみ
「ふたりきり」
香焚きてお鈴(りん)すゞやか一人きりただ息をする君と母とで
露草の瑠璃色浮かぶわが庭に遊べよしばし憩へ秋蝶
「歌を詠むとき」
昼過ぎて母の介護へ急かるる間そのまま詠まむ つと書き留めぬ
波立つをかくも小さき詩型もて形と成すかやまとびと等の
熟練の歌の流れや かそかなる事象この世に留むる永久に
未成熟の卵愛しむ生まれたる唯一の詩句捨つるべからず
繰り言を三十一文字に納むとし笑ひて今生過ぎさせゆかな
「諍ひ」
幸せか不幸せ問ふ愚者にして対処してみよあざなえる縄
胃の痛み不眠と苛立ち叱らるる追ひ回さるるけふを忘れよ
やる気さえ湧けば楽しき家事なれどシジフォスの岩せめて美もあれ
金曜は三昧のはづつひ家事をして了ひたる袖口濡らして
毋星には諍ひ果てず抗(あらが)へる夫婦にやあるプラインド揺る
「変人なるらし」
我のみが世に合はざるか人中をいでたち奇態に構はず歩む
手鏡の六十五歳流されてなほ幻の真理を訊ぬ
足かせが無くば心よ覚悟ある世界の真理訊ね歩くと
人体の複雑さはや生かされて癌細胞の生れぬが奇跡
指先に潰してしまひぬ黒き跡粟粒ほどの定めわが咎
舞子より対面したる波風に畏まりてぞいたぶられゐる ==矍鑠とした恩師に会う
「2010年へ向かふ」
すべすべに整ふる四肢ただそれが目的である一自己制御
たんぽぽの狂ひ咲きある十一月春を憧れ冬さえ来ぬに
近づける師走面倒いっそもう新年ジャンプ虚空へそろり
未だ見ぬサザンクロスよ光無き暗黒星雲となり合ふごと
青空に雲ひとつ無し一夜あけオス蜘蛛世代交代している
富士遥か並ぶ暦に歴史待つ西暦二千十年の吾
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