私家版マスメディア〜logo26のシニアの生き方/老婆の念仏

何が出てくるやら、柳は風にお任せ日誌、偶然必然探求エッセイ

節分と立春と、ひとときの日差しとが刺激となって活動モードとなったようだ

表題の呪文を唱えていたら,なんだ、これは、物質世界の法則だ、とやっとわかった。
光、つまり光子すら相手を見つけ損なって消滅することができなかった残りなのではないか?
物質と言う形になってしまったが最後、決してもはや消滅することは無い、よ、ね?

宇宙が茫漠となって,すかすかになっても
原子の内部は、運動場の真ん中に野球のボールが一個置いてあるほどに、実はすかすかであっても、違う?

そういえば、原子は結局鉄か鉛になるんだった?どんどんエネルギーを失うんだったよね。
物質から生命が作り合わされ,自己増殖して行く限り柔らかい存在だ。

そうそう、私が見ているこの世界ってひよっとして私だけの世界、ってこともありうる。
世界が在るかの如くに感じている。マトリックスではないが。
映画のマトリックスでは,実態としての人間がいて、つながれたすべての脳に対し,一つのこの世界というヴィジョンが与えられているんだよね。この世界の中で自分の人生を生きているかのように。コンタクトは、他の人の存在は、いわばあるわけだ。

この前、テレビ番組で統合失調症の人が言っていた、世界に自分だけが存在して,すべては自分の描く幻であるような感じがする、と。
私は、単に呑気な夢想家であるが、自分の夢想、というか、哲学的な思想の遊びが、そこではリアルに感じられることがあると聞いたので、
呑気ながらにその符号に驚いた。

などというようなことを考えながら,窓を拭いたり,床を拭いたり,藤の枝を切ったりするのであった。