私家版マスメディア〜logo26のシニアの生き方/老婆の念仏

何が出てくるやら、柳は風にお任せ日誌、偶然必然探求エッセイ

インターネットの散歩、実際は動画でねこの生態を夢中で見ていること甚だしく多い。

以下のごとく、定義を余りにも拡大してしまうと、言葉そのものを使う必要もなくなるのかもしれないのだが、小生にとってはネットの海をただようのも天然観察のひとつである。
人間の営為も、無垢な天然である。ーーーこれはまずい。おかしなことを書き出した。流石に暑さでやられたか。


地球を壊すこと、特にこんな規模で完璧に壊すこと、つまり自滅を、天然たるホモサピエンスは何とか防ぐ知恵までもつのだろうか。
まもなく消滅する小生には知ったことではないが、今後生まれて来る命にとっては全く嫌な、迷惑な事態だ。

嫌な、といえば、我々の種に特に著しいのだろうが、集団生活をするために、お互いに比較や優劣や競争をやらかす。その結果はけっこう各人に深刻に受け止められてしまう。疎外、劣等感、恐怖、不安、孤独、無用感、焦燥、妬み、などなど。
勿論、その低地に誰もとどまりたくないので、あれこれあがく。攻撃性ともなる。嘘、詐欺、だまし、利用。
嫌な概念がいくらでも出て来ることだ。


そしてもっと嫌なのは、さっき見つけた記述にあった「ネットでのプチ自己実現」という実態だ。小生などにも当てはまるのだろう。
先日は、自分でも、こんな新定義「プチ自己実現」を肯定的に記述しようとして、ちょっと止まっていたのだが。さて今となってはもう一度考え直さざるを得ない。お前に勝算はあるか。
自己実現をできるだけ追求して何が悪い。しかし、潮流にやたらに乗っかるのがいいとは言えないかな。